グッドドクター7話。結婚を決める判断基準をグッドドクターから学ぶ。
グッドドクター第7話を見ました。
毎話泣かされますね。今回も泣きました。
横向きで泣いたらプールで鼻に水が入った時の感じになりました。
今回のテーマは「病気と幸せ」ですかね。
大きな病気を患っている人は幸せにはなれないのか。そんな話でした。
例えば歩ける人と歩けない人がいたとします。
歩ける人から見れば、歩けない人は不幸せだなって思うと思います。
理由は自分に出来ることがその人は出来ないから。
でも実際の所、「歩くことが出来ない=不幸せ」ではないですよね。
歩ける人は歩けることが普通だけど、歩けない人は歩けないことが普通なんです。
そこに優劣はなくて、歩ける人にしか歩めない人生があって、歩けない人にしか歩めない人生がある。その人生は歩けるか、歩けないかで幸せか不幸せか判断できるものではないです。
最終的には幸せか不幸せかはその人の気持ちによって左右されるものですからね。
今回は、小さい頃に子宮を半分摘出した女性のお話でした。
子どもができづらい体で、結婚を諦めていた。
でも自分を愛してくれて、結婚をしたいと言ってくれる人が現れた。
それはどれだけ幸せなことでしょう。
でも子どもが出来づらいことはまだ言えない。
そりゃなかなか言えないですよね。
もしかしたらそれが原因で離れることになってしまうかもしれないし。
しかもその気持ちに拍車をかけるように、残りの子宮も摘出される可能性が。
幸せの頂上から不幸の底にたたきつけられるようなストーリーでした。
私はそれを見ながら、まるで息をするように目から水を吐き出し続けていました。
ずっと一緒にいたいと思った相手が、もし子どもが出来ない体だったら、別れたいと思う人とそれでも一緒に居続けたいと思う人、どれくらいの割合でいるんでしょうか。
できればそれでも一緒に居続けたいと思う人同士で結婚したいですよね。
結婚をするなら、もし相手が子どもが出来ない体でも一緒にいたいと思うかどうかとか、もし相手が歩けない体になっても一緒に居続けたいかどうかという判断基準で結婚を決めるのもいいかもしれませんね。
まぁ、愛情ってその人とどれだけいっしょにいるか。その時間が長くなるにつれてどんどん深まっていくものだと思います。だから結婚する前にそこまで思う相手かどうかなんて分からないかもしれないですね。
私は今回も泣きました。いっぱい泣かされました。次回もいっぱい泣いてもいいように水分をいっぱいとってからTVの前に座りこみたいと思います。
ちなみに今日も新堂先生は素敵でした。